きれいになりたい病

『きれいになりたい病』大村美菜子・著

最大の敵は過去の自分

クローゼットの前で、「着る服がないな……」と立ち尽くしてしまうことがある。痩せていた頃はアパレルで働いていて、何を着てもそれなりに着こなせる、似合うという自信があった。今は太ってしまい、好きなブランドの服を自由に選べない。着られる服だってあるはずなのに、目に入るのは「これは着られない」と思う服ばかりだ。

大村美菜子さんの『きれいになりたい病』は、容姿へのこだわりと、その背景にある心理や社会の影響について考える一冊だ。読みながら、私は何度も、自分がなぜこれほど容姿を気にするのかを考えた。本書では、容姿の悩みの背景にある「他人との比較」についても触れられている。けれど、私が強く比べているのは他人ではなく、「過去の自分」なのだと気付くことができた。

スリムだった自分の体型が好きだった。好きな服を着るために体型を維持していたし、服を選ぶことそのものが楽しかった。その頃の自分を知っているからこそ、また戻りたいと思う。「一度は保っていた体型なのだから、戻せばいいだけ」――頭ではそう思うのに、実際に戻すのは難しい。そして思うように痩せられないと、「私の意志が弱いからだ」と自分を責めてしまう。

自分が自分に向ける目

本書には、自分を受け入れられないことが、他人から否定的に評価されたくない気持ちや容姿へのこだわりにつながる、という話がある。私はそれを自分に置き換えながら読んだ。他人の目をまったく気にしていないとは言い切れないし、人からどう見られるかを気にすることだって、もちろんある。ただ私の場合は、「他人に認めてもらえないこと」よりも、「自分が自分を許せていないこと」のほうが感覚として近いように思う。

今の自分を見るたびに、過去の自分を基準にしてしまう。「あの頃はもっと痩せていた」「あの服も着られた」「前はできていたのに」と、今の自分に足りないものを探してしまうのだ。

けれど、本書を読みながら考えているうちに、容姿を整えたいという気持ちのすべてが自己否定から生まれているわけではないのでは、と思った。少なくとも私にとって美容は、自分を嫌う方向にだけ働いてきたものではない。むしろ、自分を取り戻すきっかけになったことすらある。

約3年前、私は適応障害になり、外出できなくなった。毎日のように「死にたい」と思っていた。同じような思いをしている人はいないだろうかとSNSを眺めていたある日、美容アカウントの人たちが化粧品について楽しそうに話している投稿がおすすめ欄に流れてきた。なんだか、とてもキラキラして見えた。

「いいな」と思ってスキンケア商品をひとつ買ってみた。そこから成分を調べたり、いろいろな化粧品を使ったりするうちに、自分の肌に合うものを見つけ、自分を慈しむ心地よさを知った。「美容って、すごくいい」――素直にそう思えた。

肌に触れること、今日の状態を観察すること、自分のために化粧品を選ぶこと。そんな小さなケアを繰り返しているうちに、少しずつ気持ちが外へ向くようになり、半年ほど経った頃には「外に出られるかな」と思えるところまで進んでいた。あのとき、自分が自分を取り戻せたのは、確かに「美容の力」のおかげだった。

そして本書には、メイクによって自尊感情が高まり、容姿への自信が自己肯定感につながるという話も出てくるが、それには自分の経験から素直に頷けた。スキンケアで心地よさを感じることも、メイクをした自分を好きだと思えることも、私にとっては「自分を大切にする」という行為なのだと思う。

救いになった本だった

以前、『世の中、顔か?』を読んだときはひどく落ち込んだ。一方で、『きれいになりたい病』を読んでいる間は、自分の心の中をきちんと覗き込めたような、不思議と救われる感覚があった。

私はこれまで、なぜこんなに体型や容姿が気になるのかを、「自分は見た目にこだわりすぎているのか」「私は醜形恐怖症なのか」と考えてきた。けれど本書を読み、身体醜形症には至らないものの、自分の容姿を気にして悩む「醜形恐怖心性」というものがあることを知った。

名前を知ったからといって、何かが解決したわけではない。それでも、「私はなぜこんなに気にしてしまうのだろう」と漠然と悩んでいたものを、少し違う角度から眺められるようになった気がした。

振り返ってみれば、私の「きれいになりたい」という気持ちの中には、過去の自分との比較もあるし、好きな服を着たいという純粋な好みもある。そして何より、美容によって自分を少し好きになれた経験もある。その中にはネガティブな感情だけでなく、ポジティブな想いも確かに含まれていたのだと、本書を読みながら思い出すことができた。

痩せたい気持ちは今も変わらないし、好きな服をまた自由に選びたい。過去の自分と比べて落ち込むことも、おそらくこれからもあるだろう。でも以前より少しだけ、「なぜ私はこんなふうに思うのだろう」と、自分の気持ちを離れたところから眺められるようになった。その変化は、私にとってこれから先もずっと救いになってくれる気がする。

答えが見つかったわけではないけれど、自分のことが少し分かった。それだけでも、この本を読んでよかったと思う。